Monday, May 28, 2012

soccer

日曜日の午前中の街はお店も閉まって閑散としていています。 普段日曜日が休みにならない自分達にとって、こういう風景を見るのは稀。町の中心部は混沌としていて、地元の人曰くあまりいい地域ではないとのこと。 で、あまり当てもなくちょっと遠くに独り歩き。 ちょっと品のいいレジデンシャル・エリアになってきたと思ったら、ちゃんとオシャレに気を遣ったような人たちが目につくようになって、やっとゆっくり出来そうなカフェ発見。
ここは有名なのかどうかはともかく、"Moinhos de Vento"というエリアらしく、日曜の午前をのんびりと木陰のカフェ・テラスで過ごす人たちがいる地域。
向かいからカメラを持ったモード系な3人が歩いて来たと思ったら話しかけられて、どうやら写真を何かに載せたいとのこと。 日本なんかじゃ誰も気にしない自分のカッコも、ブラジルだと興味深かったのかな・・・。(あまり襲われない様に目立たないように地味な服装で歩いてたんだけどね・・・)夜は初めてのサッカーの試合の観戦! セリエAの地元グレミオ対サン・パウロの名門パルメイラス。
今までメジャー・リーグ(日本の野球は観たことない・・・)は何度か観戦に行ったことがあるけど、サッカーは初めて。 で、サッカーを観るならやはりブラジル! サン・パウロからのフライトで隣に座った地元の人が、この日曜日にはここで大きなサッカーの試合があるから観に行った方がいいと教えてくれていたので、"Estadio Olimpico Monumental"へ行って来ました。
試合の2時間前に行ってチケット購入。 普通の席は上も下も自由席で50レアル(2700円)。
試合前の写真はこんな感じでしたが、直前には席もいっぱいになりました。
初めに驚いたのは、サッカーの試合ってみんな立って観戦するんだね・・・。 確かにずっと興奮し通しだから立ったままの方がいいんだろうけど・・・。 あとはアウェーのチームに対してのブーイングの凄まじさ・・・。 日本チームが中国なんかの試合に行った時のブーイングも話題になるけど、これってサッカーの試合ではごく普通のこと?! 小さな相手チームの応援席の周囲には銃を持ったセキュリティーが隙間なく囲ってたけど、いやぁ~インテンス! 後は観客のヤジの凄まじさ。応援と言うよりはヤジ合戦。 バックグラウンドでは爆音でサンバの演奏。 さすがブラジル!
試合はグレミオ優勢に進むものの、なかなか得点に繋がらず、しかし後半中盤に過ぎにグレミオが得点。 スタジアム中が大興奮。で、自分も一緒に大興奮。
いやぁ・・・面白かった!!

Sunday, May 27, 2012

brazil

成田から12時間半でドイツのミュンヘン、そこから12時間半でサン・パウロ、そこからさらに2時間でポルト・アレグレに到着。 いやぁ・・・長い旅でした。 サン・パウロに着陸直前、自分は窓際に座っていたのですが、早朝5時の暗い中いきなり”ボンッッ!”という破裂音と共に閃光。。。どうやら羽に雷が落ちたらしい・・・。 ちょっと前から結構揺れてたし、悪い雲の中を飛んでいたんだね・・・。 びっくりしたぁ。
ということで、去年に引き続き日本の正反対ブラジルへやって来ました。 こんなに2年続けてこんな地球の裏側まで来ることになるとは思いませんでした。
同じホテルに到着して、同じスーパーに行っていると、なんだかずーっとここにいたような錯覚になります。
前回もそうでしたが、ブラジル料理として有名なのがこのシュハスコで、そのシュハスコの本場がここポルト・アレグレ。 着いたその日にさっそく有名なGalpao Criouloへ行って来ました。
肉を食べ放題食べたのですが、30分くらいするともうお腹いっぱいで、どんどん運んで来てくれる肉を見るのもイヤになって来ます。^^; パイナップルのシナモン掛けの焼いたのもあって、箸休めにはちょうどいいです。前回も何度もブログに登場しましたが、やはりこのカイピリーニャは飲まないとね。 うん。美味しい!9時45分からはガウーショ(牧畜をするスペイン人と先住民の混血住民)のショーがあります。 男の人たちは拍車の付いたブーツを踏み鳴らすタップのような動きで、なかなか勇ましいです。ポルト・アレグレのセントロの丘の上にはマトリス広場があって、植民地時代の古い建物やカテドラルが並んでいます。 混沌とした町の中でちょっとほっとした空気の流れるところ。天気は日が照ると暑くなるし、陰ると肌寒いし、でも湿気があってしっとり汗をかくような感じ。11月15日広場の隣にある中央市場。 魚、肉、マテ茶から日用品まで色々なものが並んでいて、いろんな匂いが混ざっています。 周囲や2階には食堂やレストランが並んでいます。アサイ! これで今日もポリフェノールたっぷり摂取。

Friday, May 18, 2012

spring break

さて、日本に帰ってから全くブログの更新が出来ていませんでしたが、南米への出発を来週に控えてまとめて更新。帰国後すぐからレッスンの声を掛けて頂いて、まずは地元岡山で崇人くんのエキシビジョンのプログラムの制作。 今回はいつもよりゆっくりと彼と関わることが出来て、一緒に何かを作ることで、少しでも参考にしてもらえることがあったなら嬉しいかな。
その後大阪なんばで山下艶子先生のお手伝い。 御歳83歳とはとても思えない、自分なんかよりもパワフルな先生には、お会いする度に驚きインスパイヤーされています。 毎日電車だけでも往復に要する時間4時間。 朝の6時から遅い時は夜の10時半までリンクに立たれていますが、そんな先生の近くでお仕事させて頂けるのは幸せです。ブログを読んでくれてる人はすでに周知の通り、キールズ・フリークな自分ですが、最近は日本も店舗数が増えて来たんですね。 ほんの少し前まで新宿の伊勢丹に小さなブースがあっただけだと思っていたのに、最近はアメリカのアパレルやメーカーの進出が頻繁ですね。 いくら店舗が増えても、日本じゃ手が出ない価格ですぅ・・・。夜の貸し切りまで半日時間があったので、京都に引っ越して、自分がツアー中に生まれた甥っ子のいる兄を訪ねて京都へ。 詩仙堂のすぐ近くと言うことだったのですが、ミナミから一乗寺までは乗り換え含めて1時間ほどなんですね・・・近い。
観光の為に行ったわけではなかったので、あまり意識していなかったのですが、アパートへの道すがらこの”一乗寺下り松“を発見。 しばらく前に吉川英治の宮本武蔵を読んだばかりだったのでちょっと感激。 こんな場所だったんだぁ・・・。兄の家に着いたものの、義姉が参観日から帰ってくるまで時間があったのでどうしようかなぁ・・・と思っていたら目に入ったのが”金福寺(与謝野蕪村、村山たかゆかりの地)”の案内。 与謝野蕪村はさておき”村山たか”に激しく反応。
村山たかは舟橋聖一の“花の生涯”にも詳しく描かれている、幕末に伊井直弼、長野主膳のもとで京都でのスパイ活動に従事し、安政の大獄に大きく加担したとされます。 その後桜田門外の変で伊井大老が暗殺されると、彼女も三条河原に三日三晩晒されます。 命だけは助けられるのですが、その後彼女が明治9年にその生涯を終えるまで過ごしたのがこのお寺。
これまたこんな所にあったんだぁ・・・。
入り口には彼女の慶応三年に創建した弁天堂。こういう景色の中に身を置くと、日本に帰ってきたなぁと思うとともに、日本人に生まれてよかったなぁ・・・と感じます。 芯から心身ともに浄化されて行くようなこの感覚は何なんでしょうか?禅のお庭と言うのは、いるだけで心を落ち着かせる不思議な力が備わってます。
門をくぐってこの景色を見ただけで息を奪われます。 平日の昼間と言うことで観光客は一人もいないし、たった一人でこの空気の中に身を沈めることが出来ました。座敷に入ると村山たかのお位牌。 波乱万丈の人生を生きた女性の安寧の地。 しばし当時の様子に思いを馳せます。与謝野蕪村の掛け軸。 江戸中期の俳人で画家ですが、ここは彼が愛し、お墓も建立したお寺。 松尾芭蕉がここの住職と昵懇で、庭を上がったところにある草庵を好んだ為にそう名付けられた“芭蕉庵”があるのですが、蕪村がここを訪れた頃にはすでに荒廃、彼とその一門が1776年に再興しています。村山たかが長野主膳に充てた密書。 ひやぁ・・・ちょっと身震いしそうです。伊井直弼筆の和歌の掛け軸。
たかが34歳の頃直弼から拝領したものなのですが、彼女は生涯これを大切にしたそうです。縁側に座っていたら三毛猫がやって来て一緒に庭を楽しみました。この上にあるのが芭蕉庵。
わびの世界って、ほんとに日本独特の感性だと思うし、落ち着きます。与謝野蕪村のお墓。 京都市内を眺められるよい場所に立っています。義姉と一緒にお昼。 抹茶が体に浸みわたるぅぅ。さて、大阪での仕事が終わって岡山に戻った月曜日。 全く何もない休みが取れたので友達と初めての有馬温泉へ。 ここ数年間温泉に行きたいと思い続けていた夢が叶いました。
岡山から有馬温泉までは2時間ちょっとと意外に近く、これだったらもうちょっと頻繁に来れそう。有馬温泉の歴史は大変古く、日本書紀にもその記載があり、豊臣秀吉も何度もこの地を訪れていたそうです。
金泉、銀泉、泉源と3種類のお湯があって、有名なのは鉄分が多くて濁った金泉。 こんな山の中のお湯なのに、口に入ると大変塩からいのですが、これはなんと瀬戸内海の海水の影響ではなく、太平洋の南海トラフを起源としているそうです。
写真は銀泉の炭酸泉源。 隣には水道から流れているところがあるのですが、口に含むとまさに炭酸水。 あまり飲むとお腹を壊すそうなのでご注意。 昔これに砂糖を混ぜてサイダーとして売っていたとか。
金泉の金の湯。 あぁ。。いい気分~!お風呂の後は豆乳ソフト。 あぁ日本人。
背中を押して今回温泉に行く方向に向けてくれた優介くん。 ありがとね。 また時間のある時はどこか行きましょう!いつものことながら、出発1週間前になって会社から東京のブラジル大使館に行ってビザの申請をするようにとの連絡。 そこから東京の色々な友達に連絡。 突然行ったにもかかわらずみんな都合をつけてあってくれてありがとう。
NYで出会って以来親交を続けてくれている浄瑠璃“一中節”の12代家元のご子息都了中くん。
以前一度了中くんの語りも聞きに行かせてもらったこともあるのですが、一中節って重要無形文化財なんですね・・・。 とっても興味深い話を沢山聞かせてくれてありがとう。
日本の伝統文化を受け継ぎ継承していくというのは、形のない日本の財産を守り続ける大切な役割。 あまり日常生活で浄瑠璃に触れる機会はありませんが、これも京都のお寺と同じく一服の清涼剤の様なもの。 深い知識がなくてもす~っと日本人の心には染みて来ます。 機会があったら一度聞いてみてください。
エネルギーもらいました。 ありがとう。