Wednesday, September 25, 2019

paisley, edinburgh

グラスゴーから電車で30分ほど、空港にほど近いところにある町がペイズリー。
以前にも触れたことがありましたが、実際に来てみたのは初めて。 もちろんあの”ペイズリー柄”のペイズリーですが、元々は織物産業が盛んで、インドの柄がもとになったあのペイズリーも、ここから発信されて有名になったので、いまはタータンチェック柄と共にイギリスを代表する模様になっています。
そんなペイズリーにあるのがこの”ペイズリー・アビー(ペイズリー修道院)”。
7世紀にはその基礎となる建物があって、修道院としては1163年からここにあるそうです。 ちなみにこのペイズリーという名前は昔のウェルシュ語でバジリカを指す"Passeleg"から来ているそうです。
教会にあるガーゴイル(雨樋)は様々な想像上の動物や悪魔のようなものが多いのですが、ここのそれの1つはどう見ても”エイリアン”。 なんでそんな古い教会にエイリアン?と思いますが、どうやら修復をした際に映画にインスピレーションを受けてこんなことになったんだとか。 たしかに違和感はない><




1888年にヴィクトリア女王が寄進をしたロバート3世のお墓。

1000年の時を経たケルトのクロス。
映画”ブレイブハート”で有名になったスコットランドの英雄ウィリアム・ウォレス。 映画のイメージが先行してしまっているのですが、実際はあんな姿の人ではなかったんだとか。 ここの修道僧から教育を受けたそうで、サムソンに見立てたウォレスのステンドグラスもあります。

イギリスと言えばジンも有名ですが、今まであまり試したことが無かったので、週末の仕事が終わってジン・バーへ。 スコットランドのジンも沢山あって、すっきりとした苦みやフレーバーが美味しかったです。
https://www.alstonglasgow.co.uk/
これも今までちゃんと試した覚えのなかった”ハギス(羊の胃袋に羊の内臓のミンチやハーブなどを詰めて茹でたスコットランド料理)”。
だれからも毛嫌いされているハギスですが、おススメのレストランを探して行ってみることに。
臭みを消すためにクリーミーなウィスキー・ソースも付いてくるのですが、あまり羊が得意でない自分でも全然美味しく食べれたし、ちょっとねっとりしたソーセージの中身と言った感じ。
“蛍の光”でも有名なスコットランドの詩人、ロバート・バーンズも”ハギスに捧げる詩”という田舎料理を最大に称賛する皮肉な詩?を残しています。
https://www.cafegandolfi.com/cafe-gandolfi/
お休みの日。 再びメアリー・スチュアートを深堀するためにエジンバラへ。
ダーンリー卿の殺害されたKirk o' Fieldという場所をネットで検索していたものの、詳細を示したものが全くなく、現地に行ってインフォメーション・センターで聞いてみると、大体この辺りだろうという場所は判明。
Kirk o' Fieldは現在はこのエジンバラ大学のオールド・カレッジの地下に埋まっているそうですが、場所的にはSouth College Streetの奥辺りだという情報。
ということで、大体この辺り?? 案内も表示もないので、あくまで情報を基にした場所。
と、振り向いたらこのプレート。
あの”種の起源”で有名なダーウィンがエジンバラ大学に通っていた際に、ここに2年間住んでいたんだとか。 こっちはこっちでスゴイ!
次に向かったのはホリールード宮殿にもほど近い”キャノンゲート協会”。

ここの教会の壁沿いにあるのが”デイビッド・リッチオ”のお墓。
ホリールードから移転されたとされているそうなのですが、メアリーの側近で寵愛された末の惨殺。 今はこの朽ちかけた石棺の中で眠っているんですね。
ダーンリーはメアリーの子はリッチオの子だと疑って(信じて)いたようですが、もしもその疑いが当たっていたなら、このリッチオは後のイングランド、スコットランド王の父と言うことになり、イギリス王家に連綿とその血が受け継がれていることになりますが、真実はいかに???
同じ教会にあるお墓はここ、
アダム・スミスです。
リッチオと違い、こちらは豪華なお墓です。
地図を見てもらったら分かる通り、どの場所もかなりの近距離。

次に向かったのはナショナル・ポートレート・ギャラリー。
ここにはメアリーに関する10の重要な展示がされています。 入場料は無料。

2階に行ってすぐにあるのがこの大きなメアリーの肖像画。
1610~1615に描かれたもので、彼女の生きていた時代の物ではありませんが、生前の物をもとに描かれているそうです。 50代くらいにも見えてしまいますが、かなり強い意志に溢れているような絵です。
メアリーの父ジェームス5世。 1579年の作品で、亡くなってから40年後くらいに、スコットランドの王の肖像画シリーズの一枚として描かれたもの。
メアリーの母 Mary of Guise。
小さなポートレート 。 彼女は知的で魅力的な女性だったんだとか。
18歳のメアリー。 19世紀に描かれたレプリカだそうですが、フランスの義父や実母を次々に亡くし喪に服している姿だそうです。
メアリーの最初の夫、フランス王フランソワ2世の生前に作られたリモージュのエナメルの肖像。
ダーンリー卿の10歳の時の肖像画。
このほんの12年後には悲劇の最後を迎えます。
ダーンリー卿の殺害を首謀していたとされる、ボスウェル(上)と妻。 ダーンリー卿を殺害した3か月後だそうです。 二人は結婚一年でボスウェルの妻の召使との不倫で離婚。 このすぐ後ボスウェルはメアリーと結婚。
ボスウェルの表情が邪悪そう。
メアリーが断頭台に立って約25年後にオランダで描かれた図。
メアリーの子、ジェームス6世・1世が8歳の時に描かれたもの。
この絵の中にダーンリー卿の面影を見るか、リッチオの面影を見るか。。。
https://www.nationalgalleries.org/art-and-artists/features/mary-queen-scots-10-objects
ダーンリー卿の妹でイングランド・スコットランド王の叔母となる Lady Arabella Stuart。
1595年、29歳ころのジェームス6世・1世。
1622年、56歳頃の肖像画。
彼の息子、後のチャールズ1世10歳のころ。
1628年にかのヴァンダイクがチャールズ1世の全身の肖像画を描きますが、後にそれをもとにいくつものコピーが描かれます。
チャールズ1世は失政が続いた末に清教徒革命に敗れ処刑をされます。
イギリスの歴史は実に血なまぐさい。。。
先にも話題に出した、スコットランド詩人ロバート・バーンズ(1759~1796)の有名な肖像画。
スコットランドの国民的詩人で、ロマン主義運動の先駆者。
若き日のヴィクトリア女王。
こちらのギャラリー、建物自体もとっても素敵。
1889年から公開された美術館で、ロンドンのポートレート・ギャラリーに影響を受けて建設されたそうです。

エントランスにはスコットランドの著名人が時代を追って描かれています。



いくつか抜粋してみましたが、何人知っている人がいたでしょうか??
さて、グラスゴー公演2週目がスタートです。