Monday, November 28, 2016

amber capital gdansk グダンスク 琥珀

1000年の歴史を持つバルト海沿岸の港湾都市”グダンスク”へやってきました。
14世紀にはハンザ同盟に加盟して繁栄をしました。 町の入り口には3つの門が並んでいて、昔はこの3つの門を通過して街に入っていたようです。
この写真はまん中の”囚人の塔”で、14世紀に建てられた後は300年に渡って牢獄となっていたそうです。
現在は琥珀の博物館になっています。

”高い門”。 1588年の門で、堀に渡すはね橋になっていました。

琥珀博物館。
自分もここに来て初めて知ったのですが、世界中の琥珀の85%はここグダンスクと周辺で産出していて、琥珀産業の80%がここグダンスクに集中しているそうです。
世界のほぼすべての純正の琥珀製品はグダンスク製なのだそうです。
琥珀にはいろいろな色があって、その色によっての価格の差はないそうで、インクルージョンによっての価格の変化もないそうです。 このバタースコッチ色の琥珀、きめの細かい気泡が含まれているそうで、透明なものより味があって綺麗。

4500万年前のスカンジナビアの木々の樹液が化石となったのが”バルト海琥珀”なのだそうで、海から出てくるものと陸で採取するものがあるそうです。

大小さまざまな琥珀が並んでいます。
もともと牢獄として使われていた建物ですが、16世紀の扉もそのまま。
古代から”琥珀の道”と呼ばれる道が、バルト海からイタリアエジプトまで続いていたということもあって、昔から琥珀の加工品も多く作られていたようです。

様々な加工品も並びます。
興味深い博物館でした。

下の階にはこの門とグダンスクの歴史に関する展示もあります。


塔の中庭には昔の雨樋などが並びます。
1614年に完成した”黄金の門”を通って街に入ります。
通りの先に見えるのが市庁舎。
1379年に建築が始まって、1561年には現在のような姿になったそうです。
内部はグダンスク歴史博物館として公開されています。



このヨーロッパでも指折りの美しさを持つと言われる”赤の広間”。
天井は400年前の油絵で飾られています。



黄金眩い暖炉に天井。 当時の繁栄が偲ばれます。

終戦後のグダンスクの様子。
戦争で壊滅したポーランドの町々を復興させた経過の展示もありました。

ドゥーギ広場にある1633年に完成したネプチューンの像。
聖マリア教会。
160年の歳月を掛けて1502年に完成した教会。

戦争で破壊されたので、内装は簡素になっているものの、かなり天井が高く広々とした教会。
長~い階段を歩いて、78メートルの尖塔に上がることが出来ます。


途中で上がるのを諦めそうになる長い階段。。。


グダンスクの港の方面。
この町はだい二次世界大戦の勃発した場所でもあります。
1939年、ドイツがポーランドに侵攻。 突如攻撃を開始したのがこの港。 長く悲惨な戦争がはじまります。。 






1470年に作られた天文時計。



15~16世紀の倉庫の並ぶ旧港。 現在は琥珀を売るお店やレストランが並びます。
17世紀の旧港。 ほぼ同じ姿のまま。。

琥珀を扱うお店が並んで、おしゃれなカフェなどもあるMariacka通り。
戦後間もない頃の同じ通り。
琥珀を扱うお店が多すぎて、お店に入ってみたいとは思いつつ、どこに何があるのかよく分からないし、あまり冷やかしに入る感じでもないので、入り口から中をのぞいては通過w

日暮れ時、気になるお店を訪ねてみました。
やはりここで買うと随分と安いそうで、ネットを読む限り、ワルシャワに行くだけで値段は上がるそうです。
両親が全て手作業で琥珀の加工をやっているというこじんまりとしたお店が、売っているものがユニークで、販売の娘さんが親切だったので、そこで購入。 どこのお店でも現金で支払うと割引をしてくれるようです。







4時前には暗くなってしまうのですが、明りの灯った街の雰囲気も素敵。
写真にすると良さが伝わらないかもしれませんが、気に入った数点の琥珀を購入。
ホテルの裏はビーチなのですが、仕事の前に朝から散歩。
というのも、グダンスクのビーチにはバルト海の琥珀が波に乗って上がってくるそうなんです。
その話を読んでから、夜寝る前から次の日の朝の琥珀採集にウキウキ。
波打ち際を歩いて探すものの、そんなに落ちているものでもなく、ずーっと散歩。
と、小さな破片がちらほら。

徐々に見つけるコツがわかってきたので、しばらく歩いてこれだけ集めました! 収集欲が満たされました!!