これだけ何度もアジア圏には来ておきながら、未だに訪れたことのなかったカンボジアのアンコールワット。
バンコクからバスで行こうかとも思ったのですが、時間諸々の事を考えると、フライトの方が面倒がなかったので、早朝にバンコクを発って朝にはシェムリアップに到着。
空港から宿までタクシーに乗ったのですが、詳細な観光予定が決まっていなかったこともあって、タクシーの運転手に相談をしたところ、そのまま1日半タクシーを貸し切って観光地を巡ることに。
シェムリアップの観光地は広範囲に広がっていますが、観光地の巡り方としてはレンタル自転車やバイク、トゥクトゥクの貸し切りなどがありますが、個人的な感想と言えば、そんなに値段に大差がないなら、エアコンの付いたタクシーを貸し切ってしまうのが一番。 と言うのも、観光地によってはかなり郊外まで走らないといけないし、灼熱の観光地を歩き回った後にエアコンのある車に入れたことで、かなり体力も回復できたこと。 ドライバーさんも、どの時間帯にどこに行くのがいいかは熟知しているので、個人で巡るよりも効率的だと思います。
と言うことで、空港から乗ったタクシーで宿に行くこともなく、そのまま観光へ。まず向かった先は”ベンメリア”。 ここはシェムリアップから2hほど離れている場所にある、アンコールワット遺跡群の一つで、アンコールワットよりも先に築かれた寺院。
造営は11世紀末から12世紀初頭で、周囲が4.2キロ、東のアンコールワットと呼ばれているらしくて、ヒンズー教の寺院として建てられたそうです。
タイでもカンボジアでも、寺院のあちこちにナーガが配されていますが、1000年もの時を経ているにしては綺麗なままです。
現在もほぼ修復されないままに放置されているので、多くの建物は崩壊したまま。 その崩れ落ちた石には圧倒されます。
その放置された風景が”天空の城ラピュタ”を彷彿とさせるのですが、ここがモデルとなったということはないそうです。 しかし、かなりのラピュタ感!
入り口からはその規模の大きさが想像できないのですが、入ってみてると広大な敷地と建物の数々に驚かされます。
ところどころ美しい装飾が顔を出しています。
回廊にも石が敷き詰められています。
この場所が発見されたのは90年代に入ってからだそうで、内乱の最中、多くの地雷が埋められたそうで、それを撤去してからここに入れるようになったのも2001年のこと。 いまですら観光ルートから外れると安全は保障されていないようで、いづれはこの寺院も再建されたりすることもあるのかな?
中心部に巡らされた高い壁はそのまま残っています。
このずら~っと並んだアンパンマンのような装飾。
よく見れば花の装飾なのですが、風化した感じはアンパンマン。
バルスな痕跡が。。。
巨大な木々にも侵食されていっています。
夕方からは街でのんびり。
中心部には大きなマーケットがあって、街の端にも2か所のナイト・マーケットがあります。
観光客でいっぱいのパブ・ストリート。
この奥がナイト・マーケット。
カンボジアではまったのがこの海ブドウのようにも見える”生の胡椒”をふんだんに使ったクメール料理。 乾燥した胡椒ほどは辛くないものの、ピリピリしていて胡椒の香りが口の中に広がるので、とってもご飯がすすみます。
早朝でもムッとした暑さ。 この周囲に巡らされた堀の広さだけでも圧倒されます。
グーグルさんから画像をお借りすると、全体はこんな姿。
大きさは南北1300メートル、東西が1500メートルで、この堀の幅が190メートルもあります。
ここは12世紀の前半にアンコール王朝のヒンズー教の寺院として建築されます。 30年の歳月を費やして建立されますが、1431年に首都が移転すると忘れられてしまいます。 その後16世紀中期に仏教寺院へと改修されます。 1632年にはここが祇園精舎と思われていたということで、はるばる森本一房と言う人が日本からも参拝に来ています。
堀を渡ると南北840メートル、東西1030メートルの壁があって、正面から入るのがこの西大門。
門を入ると一直線に参道が、中心の堂宇に向かって伸びています。
ここから昇る朝日を眺める為に、早朝から多くの人が来ています。
正面向かって左の池からの景色が美しく、日の昇る頃には人だかりも出来ています。
朝日を眺め終えたら、宿でもらってきた朝ご飯を土産屋の特設テーブルでコーヒーだけもらって食べることに。 ニワトリが沢山ウロウロと歩き回っている中で、この雄鶏のしゃがれた声だけがとっても印象的。。
日が昇った後には人もすっかりいなくなってしまったので、いざ内部へ。
中庭には雨水が貯めてあり、そこで身を清めたんだとか。
細密なレリーフが残っています。
第三回廊まで上がると、スメール山を模した祠堂がそびえています。
下から見るとまさに岩山。
かなり急こう配な階段を上がって本堂へ向かいます。
本堂から正面を見るとこんな感じ。
ここにも当時は水が貯められていたそうです。
仏像のほとんどは破壊されていて頭部がありません。
自分の大きさと比べると、その規模の大きさが伝わるでしょうか?
外側の回廊には”ラーマーヤナ”などの説話や、歴史回廊と呼ばれる荒々しい場面を描いたレリーフが壁一面を飾ります。
かなりの細密さと、その規模の大きさに感嘆します。
第一回廊と第二回廊の間は観光客の姿もなく、静かな空間が広がっています。
改めてみると堀が広い!
次に向かった先が”バンテアイ・スレイ”(女の砦)。
ほとんどが赤い色をした砂岩で出来ていて、その細密で美しいレリーフから”アンコール美術の至宝”と言われているそうです。
967年に建設が始まり、アンコール朝の衰退とともに存在も忘れられ、再発見されたのが1914年のこと。
ヒンズー教の神話が彫られているそうですが、1000年以上の時を経ても、砂岩の彫刻がこれだけ鮮明に残っているのは驚きです。
大変神秘的な建造物です。
東洋のモナ・リザと称されるデヴァターの像。
そして次に向かったのが、映画の撮影場所としても有名な”タ・プローム”。
12世紀末に仏教寺院として建てられた場所。
巨大なガジュマルの木が建物を侵食している姿は圧巻。
ユネスコではこの建物をどのように修復するかで議論がされているそうなのですが、このままこの木々が成長を続けたら大変なことにはなりそうですね。。
よくこれだけの重みに屋根が耐え続けられるものです。
回廊などは全て崩れたままに放置されています。
いずれここも修復される日が来るのでしょうか。。
またまたグーグルさんからお借りしましたが、アンコールワットと次に向かったアンコール・トムの規模の違いが分かりますか?
アンコールトムは一辺が3キロ、内部は車でないと移動できません。 ほんの20年ほど前までは、この中に虎なども住んでいたそうですよ。
アンコール・トムでの一番の見どころは、中心部にあるこの”バイヨン”。
12世紀末から建設が始まったそうなのですが、長い歳月を掛けて徐々に建設されていったそうです。
バイヨンには117面もの巨大な顔のレリーフが彫られていて、”クメールの微笑み”と呼ばれています。
一般的には観世音菩薩を表していると言われているそうなのですが、諸説あるそうです。
顔の大きさは1.7メートルから2・2メートルあり、かなりのインパクト。
バイヨンを出て周辺の遺跡へも散策へ出かけますが、かなりの暑さに体力を奪われていたので、すでに遺跡の上まで上がる気力なし。。
”象のテラス”。
王宮に巡らされた300メートルに及ぶテラスで、公的儀式に使用されたり、王の接見場所としても使われていたそうです。
駐車場には猿の親子たち。
冷や麦の炒め物のような料理。 ちょっと甘みがあって美味しいです。 クメール料理はタイ料理ほどスパイシーではないし、日本食に近いのかも。
道に並んでいる屋台の中で、自分が一番気に入ったのはジュース・スタンド。
マンゴー・シェイクは最高で、大きなカップにギリギリまで入っていてたった$1。
かなり大量の甘~いマンゴーが投入されるので、そのままのマンゴーを飲んでいる感じ。
フライトまでの残った時間を川べりで過ごして帰路へ。
また来る日まで!
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