ここの街自体へ戻って来るのは7年振りです。
ここでの公演開始まではまだ1週間あるので、それまでの時間を利用してまた明日からアンデス山脈をバスで越えてアルゼンチンへ戻って来ます。 その報告は帰って来てからのことにして、今回は今日の街歩きの様子を書きます。
チリは近代まで社会主義、軍事政権と混沌とした時代を送り、1973年9月11日、その軍事政権に対するクーデターの最後の舞台となったのがこの大統領官邸”モネダ宮殿”。
もともとは”モネダ”の名前のごとく1805年に造幣局として完成。 1845年から大統領官邸として使用されています。
1970年、サルバドール・アジェンデが大統領になり社会主義政権を樹立。 その後ピノチェトがアメリカの支援を受けクーデターを起こします。 モネダ宮殿を爆撃、アジェンデ大統領はこのモネダ宮殿で砲弾の飛び交う中ラジオ演説を行い自殺します。
その後ピノチェトによる軍事政権が敷かれ、国会を閉鎖、政治活動を禁止し、その間三千人以上が行方不明にもしくは死亡、人権侵害を受けた人の数は十万人を超えると言われます。
2004年にはピノチェトはこれらの誘拐、殺人の罪で告発されますが、健康状態の悪さの為棄却、2006年には香港の銀行に6トンもの金塊を所有していることも発覚。 彼の妻子も逮捕されますが、嫌疑不十分の為身柄を拘束を解くことに。 そんな中彼はサンティアゴの病院で心不全で亡くなります。
出汁出過ぎで旨過ぎです。 ちょっと後半味が濃いかなぁ?とは思うものの、一滴残さず間食です!
ホテルのすぐ近くにあるのがこの”サン・フランシスコ教会”。
1572年に建設が始まって、完成したのが1618年。 中央祭壇の上にある小さな聖母はバルディビア自身が携えて来たものだそうです。
ということで訪れたのがアルマス広場に面した国立博物館。 植民地時代からのチリの歴史が時代を追って展示してあって、特に近代のコーナーでは、モネダ宮殿で自殺をしたアジェンデ大統領の割れたメガネも展示してあって衝撃的です。
次に訪れたのは国立美術館。 1880年に建てられた、南米で一番古い美術館だそうで、大変豪華な建物です。
中に入って一番に驚くのはこの温室の様な天井。 常設展よりも特別展の方がメインのようですが、ゆっくりと美術品に触れるにはよいところでした。 チリはどの博物館も美術館も入場料が安いのがいいですね。
お昼を食べに行ったのがこの“金太郎”。
日本人の経営で美味しいチリの魚が食べられるそうで行って来ました。
お昼過ぎに行ったのですが、それでも現地の人でいっぱい。 おじちゃんの”いらっしゃい”の声に”ほっ”。 カウンターで頂いたのがこの海鮮丼。 日本のそれと変わらず美味しかったです。 こういうのは心の清涼剤だね。
近くのLastarria通りにはオシャレなレストランやカフェが多く、食後のコーヒーはそこへ。 夕暮れ前に近くの丘”サンタ・ルシアの丘”へ上がって来ました。

100メートルほど登る丘なのですが、ここは景色がいいだけでなく歴史的にも重要で、度々出てくるバルディビアが抵抗する原住民に対抗する為に要塞を築いたのがこの丘。 当時はかなり激しい戦闘が行われたようですね。
ここに上がると街の様子が一望出来るのですが、チリは南北には果てしなく長いのですが、東西には車でたった2時間の距離。 東側には壁のようにアンデス山脈がそびえています。

丘に上がる階段、かなり急で足を滑らせそうになります。 あちこちにアロエの花が咲いていて、その蜜を吸うハチドリが飛び交います。
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