Thursday, February 28, 2019

london, ontario

極寒のウィニペグを離れて、オンタリオ州のロンドンへやって来ました。 ここも気温的には-10℃前後なのですが、先週から15℃以上暖かくなったので、そんなに寒さを感じないのが不思議。
 もうここにも何度となくやって来ているので、何か新しくできることはないかなぁと思っていたところ、去年ここの美術館 "MUSEUM LONDON" が新しくなったと言うことだったので、入場料もタダと言うこともあって行って来てみました。
そんなに作品の数があるわけではないのですが、見ていて楽しい作品もいくつかはあったので、お茶飲みがてら足を運ぶにはいい感じ。
 一面ガラス張りの部屋から見えるのは”テムズ川”。
この街のロンドンという名前はもちろんイギリスのロンドンを由縁としていますが、川にもテムズ川と名付けたり、通りもオックスフォードなど、本家を彷彿とさせます。
 ここの美術館での一番の売りはこの壁。
 Lawren Harris "From the North Shore" 1927
 Lawren Harris "Glaciers, Rockey Mountains"
 Lauren Harris "Lake Agnes above Lake Louise" 1955
先日行ったトロントのオンタリオ美術館でもいくつかの彼の作品が並んでいましたが、最近価格が上昇していて、3年前には11億という値も付いたカナダを代表する画家ローレン・ハリス。
ハリウッドのコメディアンのスティーブ・マーティンもこの画家さんのファンで、この美術館にも見に来たんだとか。
色使いも素敵で、抽象的でありながらも遠くまで続くランドスケープがありありと描かれています。
 ショーの会場の目の前にあるのがこのマーケットなのですが、ここも名前がコベント・ガーデンと、ロンドンと同じ。 もちろん本家とは比べられませんが。。
ここには素敵な陶磁器屋さんがあって、以前も一度足を運んだことがあったのですが、時間をかけてゆっくり見てみると、なかなか素敵な作家さんの作品も多く、2点購入。
これはRon Royと言う作家さんで、もうお年で作陶はされていないそうなのですが、 NYで開催された3000人近くのエントリーしたカップのコンペで4位に入ったこともあるんだとか。 バーナード・リーチに代表されるように、欧米の陶芸家の人達は日本のそれの流れが関係しているので、このマグも赤志野な感じ。
こちらはRuth McKinleyさんと言う、もう40年くらい前にお亡くなりになっている作家さんで、元々はジュリアードで学んだという音楽家。 思いがあって作陶を始めたそうなのですが、Royal Canadian Academy of Artsに陶芸家として初めて選ばれたという経歴の方。
わざわざ窯を薪で焚いていたそうで、年に二度の火入れだったので、そんなに数多くは作品を残していないんだとか。
大切に使わないとね。

Saturday, February 23, 2019

skating on the pond

金曜の午前、仕事に行く前に先日見た池に滑りに行くことに。
暖炉付きの暖房室もあって、早朝から深夜近くまで無料で開放されている様なのですが、御覧の通りだ~れも滑っていません。 氷は凸凹なってはいるものの、ちゃんと整備してあって、極寒の地でしか体験できない天然の氷でのスケートを楽しんで来ました。


ウィニペグには先日のブログにも載せたRed Riverのスケーティング・トレイルがありますが、池で滑るのもなかなか楽しいです。 氷も綺麗で、砂や落ち葉が混ざっているようなこともないです。
この時間で氷点下13度、スノーフレークがひらひらと舞い降りていたのですが、全く解けないので、大きな結晶がそのまま積もっています。

Thursday, February 21, 2019

winnie the pooh

ずっと以前にも触れたことがあるのですが、ウィニペグはあの”くまのプーさん(Winnie the Pooh)”のクマの名前になった町。
今まで足を運ぶことが出来なかったのですが、ここにはそのプーさんのミュージアムが郊外の動物園のある公園にあると言うことで、今回は寄ってみることにしました。
 それは”Assiniboine Park”にあります。 今日も冷え切った雪の舞う日。
 全てのものが凍てついています。
 空気は澄んでいて、寒いものの、雪の中を歩くのも気持ちがいいものです。
 この建物の2階にミュージアムがあって、入場料は無料です。

 Harry Colebournはイギリスのバーミンガム生まれで、18歳の時にカナダへ移住して来ます。 オンタリオの大学を卒業してウィニペグに住む頃には第一次世界大戦に入り、彼も戦地へ赴くことになりました。

彼のこの日記によると、27歳の1914年8月24日の朝、前日からずーっと電車で移動をしていて、オンタリオの駅で母親は撃たれたであろう子熊を$20で購入して、彼の街の名前ウィニペグ(ウィニー)と名付けたそうです。
この熊はすぐに人に慣れたそうで、すぐに隊のマスコットのような存在になったそうです。
そのまま隊と共に大西洋を渡ってイギリスへ。
そんな仲良くなったウィニーですが、 ハリーがフランスの戦線に行く際ロンドンの動物園へ預けられることになります。
読みにくいのですが、この手帳にはロンドンに滞在中に、動物園にウィニーに会いに行ったことも書かれています。
さて、そのウィニーの預けれているロンドン動物園に足を運んだのがクリストファー・ロビンとお父さん。 
クリストファー・ロビンもウィニーのとりこになり、何度も動物園に足を運びます。
お父さんはクリストファーのクマのぬいぐるみの”Pooh"と、この”Winnie"をブレンドして”Winnie the Pooh"が生まれます。
 9歳のクリストファー・ロビンが友人のアルマに宛てたクリスマス・カードには”素敵な絵本をありがとう、プーも初めてのクリスマス・カードをクリストファーに送ってくれてありがとうって伝えてくれって”と、可愛くプーを擬人化して書いています。
クリストファー・ロビンとプーさん。


1926年に世の中にプーさんが出版されます。
ウィニーはロンドン動物園でも人気者になっていて、 サイン入りの写真なんてのもあります。
銅像はこことロンドン動物園にあるそうです。
ここの公園にも池がリンクになっている場所があって、金曜日どこで滑ろうか迷うなぁ。。

winnipeg

シカゴのオヘア空港からトロント経由で極寒の地ウィニペグへ。
今回の移動もいつもの通り遅れ、トロントの空港で何時間も暇つぶし。 日付の変わるギリギリ前に次のホテルに入ることが出来ました。
いつ来ても氷点下30度に達しているここウィニペグですが、今回は20度をちょっと下回るくらい。 もちろん体感温度はマイナス27度になっていましたが。。
町を流れるRed Riverにある公園"The Forks"。 以前来た時にはここまで整備されていた記憶が無いのですが、 マーケットがオシャレになっていて、カフェ、バー、レストランやお土産屋さんなども並んでいます。
カナダのワインを頂きつつランチ。
 ここに世界で一番長いスケートのトレイルがあるのですが、今日は靴が無いのでまた金曜日に滑りに来る予定。

 川が全て凍っているので、スケートのトレイルとウォーキングのトレイルになっています。

滑る部分は雪が除けてあるのですが、そうでない部分はこんな感じ。。
 どこまでも広いので、雪さえ除けばスケートリンク。 ここはホッケー用。
 でっかいカーリング。

Thursday, February 14, 2019

milwaukee, harley-davidson

もう幾度となく来ている、シカゴにも近いミルウォーキーです。 車で走っている時に、新しいコンドミニアムが続々と立ち並んでいるのを見て運転手に聞いてみると、最近は電子関係の会社が入って来て、次々に若者が入って来てるから、人口も右肩上がりなんだよ。とのこと。 あまり景気のいい話を聞かない昨今、珍しく金回りがよくなっている話を聞きました。
何度も来ているミルウォーキーですが、今まで思ってもみなかったのが、ここはあの有名なハーレー・ダビッドソンの生まれた街だと言うこと。
火曜日は入館料が半額と言うことなので、そんなにバイクに興味があるわけでもない自分ですが、雪の降る中歩いて行って来ました。
橋の上は除雪も出来ていなくて、30センチくらい足を埋めながら歩かないといけなくて、渡りきるまでが一苦労。

外観はアミューズメント・パークにでも来たかのようで、ちょっとテンションが上がります。
これが世界で一番古いハーレー・ダビッドソン。
20歳だったウィリアム・ハーレーが1901年に小型のエンジンを開発して、幼馴染のアーサー・ダビッドソン、その兄弟と協力してこの”原動機付自転車”が完成したのが1903年。

1905年には5台を製造して3台を販売。
1906年には現在のハーレー・ダビッドソンの本社がある場所に木造の工場を建設して、50台を製造。
その次の年には工場はレンガ造りになって、150台を製造、警察署への販売も始まって、事業はどんどんを拡張していきます。

ウィリアム・ハーレーとダビッドソン兄弟。
初めに原動機付自転車を作ったのはこの小屋。 すべてはここから始まったそうです。
1901年にウィリアム・ハーレーが描いたモーターの設計図。

1905年のハーレー・ダビッドソンの最初のカタログ。 小さな手帳くらいの大きさ。
1907年にはカタログも15ページに。 Model3の価格が$210。
1912年の写真。
左からアーサー・ダビッドソン、ウォルター・ダビッドソン、ウィリアム・ハーレー、ウィリアム・ダビッドソン。

ハーレー・ダビッドソンは一度だけ短期間に自転車も製造しています。
"Boy Scout" Youth Bicycle - 1917
"Ladies Standard" Bicycle - 1918

ペダルのところの歯車がかっこいい!


今この自転車作って売ったら絶対人気が出るのに!と思ってネットを調べたら、なんと去年、ハーレーの115周年を記念して10台だけここの博物館で販売されたんだとか。 価格は$4200。 自転車にしてはいい値段だけど、絶対プレミアムが付くだろうね。
JDCB  F-HEAD  V-TWIN  1925
1925年に製造されたこのモデルが、モーター・カンパニーの歴史の大きな転換点になったそうです。
乗り心地や運転のしやすさも格段に改良されたそうです。


270キロの荷物を運べてリッター15キロくらい走れたのだとか。最高速度は時速56キロ。
1916年には、郵便の配達に馬よりも手間がかからず早いと言うことで、4,700台以上のハーレーが使われたのだとか。
1936年の警察のバイク。 ホワイトハウスの警護に並んでいる写真。
時代は戦争の混乱期へ。


第二次大戦の砂漠用の乗り物で開発されたモデルがこれですが、4X4のジープが使われることになった為に、注文はキャンセルされます。
1920年代から40年代のハーレーのおもちゃ。
ハーレーの変遷を時代を追って見ることの出来る展示。

2階から1階にかけてずら~っと並んでいます。
レースの歴史についての展示。
1923年のこのモデルで時速160キロは楽に出たそうです。





これは坂を登るレース。
かなり急な坂を登る試合のようで、かなりの無茶ぶり。
写真を見てるだけでかなり危険そう。。。
バイクの要、エンジンに関しての展示。
詳しい人が見るとかなりテンションも上がるんだろうけど。。自分には鉄の塊><



タンクのデザインも様々で、見ているだけでも結構楽しい。


ハーレーと言えばカスタマイズで、バンダナをしたイカツイおじさんがデ~ンとまたがってブンブン走っているイメージが大きいですが、ここにはそんなカスタマイズしたバイクも展示してあります。




なかなか激しいカスタマイズ。 ザ・アメリカン!
昔の仮面ライダーにこんなバイクがあったような。。
と思って調べたら、仮面ライダーに使われていたのはスズキなどの国産メーカーだそうで、ハーレーが使われたのは一度きりだそうです。
エルビスもハーレー愛好家。
これは21歳のエルビスが購入したバイク。 $903で、月々$50の月賦で買ったそうです、その後友人にプレゼントしています。
映画”イージー・ライダー”に出てくるバイクの忠実なレプリカ。
かなりのスペースを使って展示してあるのがこのハーレー。
東日本大震災で津波に飲み込まれ、一年後に6500キロを流れカナダに漂着したハーレー。
1880年代後半、ハーレーが子供の頃に販売された新しい形の自転車がこれ。 初めのモデルを作るにあたっては、これを基本計に制作されたそうです。
初期モデルからの展示の最後には2019年の最新モデル。 ここにあるモデルには実際に乗っていいそうで、とりあえず全部試乗!
これは最新式の警察のバイク。
どっしりとかなりイカツイ車体。 これが倒れたら絶対に起こせない。。
これはなかなか近未来的なデザイン。 マットなメタリック・カラーで、カッコよし!

自分が一番好きだったモデルがこれ。 価格も$8000ほど。 でも、バイクって乗る機会ないしねぇ。。。

外に出ると初期モデルを作った小屋が再現してありました。
あまり期待しないで来たにもかかわらず、けっこういい時間をかけて展示をくまなく見てしまうほど面白かったです。 バイク好きはもちろん、そうじゃない人でも結構楽しめます。 狙い目は火曜日のチケット$10デー!!
https://www.harley-davidson.com/us/en/museum.html
自分はビールを飲む人ではないので、あまりピンと来ていなかったのですが、ミルウォーキーと聞いてビールを思い浮かべる人も少なくないはず。
1800年代後半から1900年代前半にかけて、ドイツからも多くの移民がアメリカ中西部にやって来て、先日いたセントルイスに入ってアメリカのビールの代名詞のようなバドワイザーを興して、そのままミルウォーキーまで進んだ人達がミラーなど有名なビール会社を興します。
いまでもミルウォーキーには多くのビール会社があって、人口の半分近くがドイツ系なんだそうです。 お隣の大都市シカゴにはアイルランド系が多くて、セント・パトリックを盛大にお祝いする習慣が残っていますが、移民の歴史も興味深いです。
そんなドイツ系移民の多い街だけあって、ビール会社だけではなく、ドイツ料理のお店やソーセージ屋さんなどもあります。
その中でも、1902年に一番初めに出来たドイツ・レストランがこの"Mader's"。 1913年には今の場所に移動して営業していたそうです。
http://madersrestaurant.com/

ここの通りはなんとなくミュンヘンな感じ。
内装もそれっぽくて、まるでヨーロッパにいるよう。
プレッツェルもホカホカで美味!
普段ビールを飲むことのない自分ですが、せっかくなのでローカルでおすすめなものを進めてもらってトライ。 苦みがあってもすっきりしていて案外おいしく飲めました。
典型的なドイツっぽいプレートをオーダー。 どれも美味しかったのですが、あまり普段肉々しいものを食べないので、半分でお腹いっぱい。 ちゃんと持ち帰って後で頂きました。