Thursday, July 30, 2015

onsen trip

朝岡山を発って広島へ。
今日は年に一度の温泉旅行。 いつも計画を立ててくれる、広島に引っ越したユースケさんをピックアップしたら、そのまま一路山陰へ。
的確なナビのお陰で、迷うことなくすんなり出雲に到着。
ここ最近ずーっと来たいと思っていた出雲。 ついに願いが叶いました。
ちょうどお昼時ということもあったので、やはり出雲そば。
 この出雲そば、独特な食べ方だったんですね。。。 日本の文化の多様さってすごいねぇ・・・。 美味しかったです。
ユースケさんおススメの和菓子屋さんでデザート。 素朴で懐かしい、田舎な味で気に入りました。 この蒸かしたお饅頭、昔あった紅白饅頭を彷彿とさせる味だったのですが、もうあの紅白饅頭文化って消滅したんでしょうか??
念願叶って出雲大社へ。
自分がまだお腹の中にいた頃には来た事があるそうなのですが・・・。 やっとこの目で拝むことが出来ました。
”○○神宮”のような霊験あらたかな雰囲気というよりは、すっきりと清潔な感じ。
しかし暑い・・・。 こちらはお参りの仕方が違うんですね。 普通神社は”二拝二拍手一拝”が基本ですが、こちらは”二拝四拍手一拝”だそうです。 なぜこのように沢山拍手をするかというと、お祭りの際などは八回拍手をするそうで、それは神様を限りなく(八は古くから無限の意味があるので)お讃えすると言うことだそうで、普段はその半分の四回ということになったそうです。 




結ばれたおみくじの量がハンパない・・・。
この日は美又温泉という小さな温泉街に宿泊。 昭和の忘れ形見のような山奥の場所で、かじかの声も聞こえるのんびりとした場所。 懐かしーいような、ほっとするような時間でした。
次の日、日本海沿いを山口の萩までドライブ。 この日本海の穏やかな透き通った海! 太平洋や瀬戸内海で泳ぐくらいなら、ここまで来たほうが絶対いいよね。
まずはユースケさんの推してくれたこのレストラン”玄”でランチ。
ここでは週末土日のみ、約10食限定で出してくれる”見島牛”のハンバーグを頂くこと。
12時半くらいについてすでに残り3食でした。 直ぐに隣に来た人も頼んだので、この日は1時前には完売していました。
この”見島牛”は見島という島で飼育されてきた在来種で、現在日本にいる在来種はこの牛を含めて2種類のみ。 俗に言う和牛は西洋の牛と交配されているので、この牛が真の”和牛”。
第二次大戦後までは役牛として600頭前後が飼育されていたそうなのですが、その後30頭前後まで減少。 昭和3年には天然記念物にも指定されているそうなのですが、非常に優秀な霜降り肉を生産するそうで、年間12頭のみ市場に出回るんだそうです。
そんな超貴重なお肉がここでは頂けます。 味のほうは・・・ 大変美味で御座いました。 土日に萩にいる方は、是非12時頃には行って試してください!
レストランの横には松蔭記念館があって、松陰先生の足取りに触れることも出来ます。 って言うか、安政の大獄で 斬首されたときはまだ満29歳だったんですね・・・。 イメージとしては60近い年齢だと思ったいた・・・。 近代日本に多大な影響を及ぼした人の歴史なのに、何も知らなかった・・・。 松陰先生を挟むのは高杉晋作と久坂玄瑞。

こちらが松下村塾。

そんな質素な私塾から、日本が大きく舵を取るに至る人達が巣立ったんですね。
萩の城下町。
こちらが国指定史跡の”旧久保田家住宅”。
久保田家は江戸後期に近江から萩へ移って呉服商を開いて、2代目からは酒造業をしたそうです。 明治期には名士の宿としても使われたそうですね。
増改築は何度か行われたそうですが、廊下は縁側にしかなく、続く畳の間の広さに豪商っぷりが覗えます。

台所のど真ん中に井戸もあって、大変便利なつくり。

ここがお店の入り口だそうで、ここに反物を広げたり、後にはお酒を並べていたんでしょうね・・・。

現在も久保田さんはこの建物の裏にお住まいだそうです。
その旧久保田家住宅の道を挟んで反対側にあるのがこちら、重要文化財の”菊屋家住宅”。
こちらは慶長9年(1604)年に、毛利輝元の萩入国に従ってこの地に移り、城下街づくりに尽力したため、この地に屋敷を拝領したそうです。
その後も代々大年寄格を任命されて、藩のご用達を勤めたそうです。
大変立派な建物で、しばしば藩の御用宅にも借り上げられたそうで、要人の宿泊場所にもなったようですね。 皇族方のお泊りもあったようです。
建物は常に新しくするために、時代ごとに改築を重ねたそうです。 現在後当主は山口の大学の教授だそうで、お家柄が続いているようです。。
お座敷を見てはじめに目に付いたのがこの手水鉢。 こんな背の高い大きな手水鉢でどのように手を洗ったのかと思ったら、ちゃんとお付の方が間に入って、柄杓ですくっていたそうです。
広いお座敷とお庭。 かなり暑い日だったのに、ここには風が流れていて居心地がよかったです。
伊藤博文が初めてアメリカに行った際にお土産として買ってきたセス・トーマス社製の時計だそうで、今でも週に一度ゼンマイを巻くだけで、ほぼ正確に時を刻んでいるそうです。


この道の右手に高杉晋作邸もあります。
萩といえばやはり萩焼き。 萩焼のイメージといえば、祖父が使い込んで味わいの出た煎茶道具。 萩の七化けと言われて、年月を経る度にその味わいを変えるのがいいんですね。
陶器マニアな自分も、せっかくなので一点購入。 緑茶沢山飲んで年を取らせないと!
目つぶってますが・・・ 今回計画を立ててくれたユースケさん。 いつもありがとね。
もだんなデザインの萩焼もあるようです。 萩焼はちょっとしたことで割れそうなのがとっても怖いのですが、まぁ・・・ どんな陶器でも割れるときは割れるし、それ覚悟で使うしかないね。

なまこ壁の美しい通り。 ここは日本の道100選にも選ばれている、趣のあるとおりです。
広島に戻る途中に寄ったのがここ柚木慈生温泉。
山口では一番といわれる泉質だそうで、お湯に使っていると、体中に気泡が付くほど炭酸質。 源泉のままでは成分が強すぎるそうで、薄めているのだそう。
シーズン中のクタクタに疲れている時にここに来たい! 海外にもこんな温泉が欲しい・・・。
風呂上りにフロントのおじいちゃんに頼むと源泉を飲ませてくれます。 飲む量が決められているほど強力。 天然の硫黄臭炭酸水といった感じ。。
した道で広島まで戻って、せっかくなのでお好み焼き! 深夜岡山に飛ばして帰りました。
アメリカに戻る前のいい保養になりました!!

Wednesday, July 15, 2015

kyoto

この日は朝から古都京都へ。
先日いつも腕にはめている数珠を友人2人に分配してしまった為、いつも買っているここ西本願寺前にある”京念珠ぜにや”さんへ。 新たに1本購入させて頂きました。
ここ数日猛暑となっていますが、巨大な屋根を覆う甍が眩しいです。
今回京都へ来た目的は、十年来のNYの友人でピアニストの西川悟平氏の著書出版の記念リサイタルへ行くこと。 師・粟井先生を道連れに行って来ましたが、彼らしいトーク満載の、アットホームなリサイタルでした。 彼の今までの様々な、破天荒な人生を通しての、プラスに生きるというエッセンスたっぷりなトークは、きっとお客さんの心にも届いたはず。
リサイタル後は挨拶もそこそこに東山へ。
知恩院には幾度となくお参りに来ていますが、最近吉川英治と五木寛之の”親鸞”を読んだということもあって、ぜひとも法然と親鸞の足跡を訪ねてみたいとやって来ました。
もともと知恩院は法然上人ゆかりの地に建立された浄土宗のお寺ですが、現在国宝御影堂は修復作業中。 その建物の裏手にあるのが法然上人の御廟。

廟は長い石段を上がった、京都市内も見渡せる場所にあるのですが、こんな静かな場所に御祭りされているのですね。 上人と対峙して”南無阿弥陀仏”。
1175年、43歳の法然は比叡山を降り、円山公園の奥、ここ吉水に草庵を置き、浄土宗を開きます。 その後法然上人はここで半生を過ごしますが、1201年、29歳の親鸞も叡山を決別し、聖徳太子建立の六角堂へ百日参籠をし、95日目に聖徳太子の化身が夢枕に立ち、六角夢告を受けた後、ここ吉水に入ります。
この地で法然上人と親鸞聖人が念仏に日々を過ごしていたなんて、感慨深いです。
この法然上人と親鸞聖人に深く関わっていたのが慈円大僧正ですが、時の関白九条兼実の同母弟で、幼くして知恩院の隣の青蓮院に入寺、法然上人がここ吉水に庵を構えた際にも力添えがあり、朝廷とは相反する念仏の教義を批判しなければいけない立場にあったにもかかわらず、最後まで協力を惜しまなかった人物です。
この辺り、物語を読むとワクワクさせられます。
汗だくになりつつ山を降り、円山公園の端にある”いもぼう”へ。
この宇治金時!! ひと口目が感動的でした。 美味しく炊けた餡を添えていただく氷は絶品!
そとの猛暑を吹き飛ばしてくれました。
祇園祭ということもあってか、浴衣の人達が沢山八坂神社の周辺にいていい雰囲気。
先斗町を散策してから築地でお茶。
その後1年前に新居に入った兄の家族を一乗寺に訪ねてから帰岡。
通い慣れている京都ですが、いつ来ても心落ち着くいい街ですね。