Tuesday, June 26, 2012

pao de queijo

今日はブラジル最後の休み。
もうサンパウロも行きたいところはなかったので、午後からのんびりオスカー・フレイレへお土産を買いに行ったりお茶しに行ったり。
ブラジルで大変一般的な軽食が、日本でも市民権を得ている”もちもちパン”こと”ポン・デ・ケージョ”。 チーズパンで、必ず温かいうちに食べないと硬くなってしまうのですが、もちもちとした触感はくせになります。 しかしこれを車などの狭い空間で食べられると匂いに耐えられず非難の的になります。今日も文庫本持ちながらカフェ巡り。 2冊連続で司馬遼太郎を読んだので、今日から遠藤周作です。
こっちのカフェではその場で豆をローストしていたり挽いて販売もしているので、大変いい香りに満ちています。アルゼンチンもコーヒーはおいしいのでそんなに名残惜しくはありませんが、豆をたんと買い込んで帰ります。夜は日本人で"Figueira"というレストランへ。 敷地内から道路も覆うほどのイチジクの巨木が生えていてビックリ。 写っている人と大きさを比べてもらえると、その巨大さが伝わるでしょうか?ブラジル最後のディナーなので、やはりブラジルチックな物をということで注文したのが”ピラルク”!! そう、水族館でもお馴染みのあのアマゾンの王者、体長3メートルにもなる世界最大の淡水魚です。 ワシントン条約にも指定されているそうなのですが、こちらではまだ食用魚。 個体数は減っているそうなのですが、これはここでしか食べられませんね。
で、味はと言うと・・・鳥のササミ? 注文しようとしたらウェイターに”淡水魚だから臭いけど大丈夫?”と言われたものの、実際食べても匂いは全く気になりませんでした。
“生きている化石”。 ごちそうさまでした。
気のでっかさには驚きます。 そんなに感動を覚えるような味のレストランではありませんでしたが、ま、雰囲気がよかったからいいかな。今回がブラジル最後のブログになるので、色々触れておきますが、スーパーなどに買い物に行くと、その日本にちなんだものの多さにも驚きます。 たとえば日本のカボチャやキュウリ、ニンジンなどが”なんとかJaponesa"として売られているのですが、街に点在するお寿司屋さんも"Sushi" ではなく、カフェテリヤなんて名前と同じく”テマカテリヤ”・・・。 日本人的にはちょっと吹き出しそうな名呼び方ですね。見た目もそのまま”えびせん”。 ”ほんだし”やヤクルト製品など、どこのスーパーにも置いています。
明日の午後アルゼンチンへ移動です。

Monday, June 25, 2012

emerson fittipaldi

サンパウロでの2週間にわたる公演も終了。
最終日の今日片方のスケート靴が壊れてしまい、なんとか補強をして3回ショーを滑ったのですが、この8日の休みの間に新しい靴を次の公演先のアルゼンチンまで送ってもらうことに。 初日から新しい靴で滑るのは大変かも知れないけど、長期休みの直前に壊れたのが分かって、不幸中の幸いでした。
明日は休みで、明後日アルゼンチンのコルドバへ飛びます。 休みの間にイグアスの滝へ行こうと思っているので、またブログを乞うご期待!

あ、今日70年代から活躍したブラジルのF1界の先駆者、あのアイルトン・セナも追いかけたエマーソン・フィッティパルディが一番前の席で見ていました。 ブラジルでは現地のタレントさんなども来ていたそうですが、エマーソンは現在65歳。 セナも彼もここサンパウロ出身です。

Thursday, June 21, 2012

museu da imigracao

去年も載せましたが“アサイ”! 今年も毎日食べまくってます。今日はアルゼンチンのビザの申請が早く終わったので、時間のある時に行こうと思っていた移民博物館へ。 ここは1882年から1978年まで使用されていた移民の収容施設。 移民の登録や検査が行われていたそうなのですが・・・ 改装中。。。わざわざ電車を乗り継いで雨の中やって来たのに入れずぅぅぅ。先日行ったサントスからの電車がここへやって来て、ここから知らない土地での生活が始まったんですね。 中が見てみたかったぁ・・・。仕方がないので電車でちょっと戻ってリベルタージへ。 またラーメン屋行って来ました。 日本でもそんなにラーメン食べないのにね・・・。 豆腐と納豆、マイタケ買って仕事へ。会場の正面にあるゲート。 お客さんのいない間に自分も記念撮影!

Thursday, June 14, 2012

santos

2日休みのもらえた今週、今日やって来たのは去年来ようと思って来なかった港町サントス。 サントスと言えばコーヒーなイメージですが、ブラジルで栽培されたコーヒーの集散地兼取引所があったので、その名が知られています。サンパウロからはバスで1時間半。 バスは旧市街に着くのですが、その近くにあるのがこの旧コーヒー取引所。 今は博物館になっているのですが、サンパウロに移転になるまでブラジル中から集められたコーヒーの選別と取引が行われていたそうです。
なかなか豪華な建物で、その当時の景気の良さが伝わります。入り口に併設のカフェがあるので、大変いいコーヒーの香りに迎えられるのですが、中に入ってまず目を惹かれるのがこの競りの行われていた部屋。 毎日価格が変動していたと書いてあるのですが、見た感じ議事堂かの様な雰囲気です。天井には豪華なステンドグラス。床も大理石のモザイクになっていて、大変豪華。1920年の近所にあるカフェ"Cafe Paulista"の様子。 まるでヨーロッパのようで景気がよさそうですね。奴隷制度が廃止になって、その労働力として大量の日本人、イタリア人が移民としてやって来ました。 日本から2カ月も掛けてたどり着いた先がこのサントスの港。 そこから電車でサンパウロへ行って農園へ送られたようですね。 日本の国旗を持った婦人の姿も見えますね。こちらでの成功を夢見て来た日本の人たちの姿。 大きなパネルでこの写真が紹介されているのですが、馬に乗った農場の人たちと対照的なボロボロな日本人の姿。 手前に写っているのはみんな子供たちです。 1930年の日付が入っていますが、みんな大変な苦労を強いられたんですね・・・。 日本人にもこんな時代と一面があったことはほとんど風化しているし、現在でも140万もの日系人がこの遠く離れた国に住んでいるんだから、もっと日本人はその事実を知るべきな気がします。1950年の通りの様子。 廃れてしまった旧市街も60年前にはこんなに華やかだったんですね。贅が凝らしてあります。昔の港の様子。 岸壁も土だし、レールも土の上・・・。 帆船が無数に停泊していますが、多くの人たちが働いていて、混沌とした様子が分かります。 なかなかすごい写真で、しばらく眺めてしまいました。ここが焙煎と試飲をしていた部屋。博物館内にはカフェがあるのですが、ここで焙煎と販売もしてくれます。ここから香ばしい匂いが漂います。 自分もお土産にブレンド・コーヒーを250グラム購入。コーヒー万歳!博物館を出て歩くと、正面の通りにはコーヒー関係の会社やカフェがいくつかあるのですが、ここも1885年の創業。エスプレッソ。 くぅ~っ!旧市街を散策。 市電が走っているのですが、昔は物資も運んでたのかな?今は壁を残しただけの空き地も多いのですが、どれも昔のヨーロッパ風な街並みを今に伝えています。今は使われてなさそうなサントスの駅。 ここは港に隣接しているのですが、コーヒーはここに届いて、移民はここからサンパウロに旅立っていたんですね。
沢山の歴史を刻んでいる駅ですね。今は世界中からのコンテナが並んで、大型トラックが奔走する港ですが、奥にはコーヒー取引所の時計塔も見えて、ふっと長旅を終えてここへ移民として辿り着いた人たちの見た風景を思い浮かべてみます。サントスは北の旧市街に港があって、南にはビーチが広がっています。 タクシーで20分くらいの距離なのですが、海岸沿いにはコンドミニアムが建っていて雰囲気が一変します。白い砂浜と言うわけではなく、歩いても足の埋まらない硬い砂浜なのですが、その広大さにはちょっとビックリ。ブラジルのニース的存在でしょうか?この”日系移民ブラジル上陸記念碑”を探していたのですが、どうしても地球の歩き方に載っていた場所に発見できず。 インフォメーション・センターでもネットを使って探してくれて発見。 あるはずの場所から30分も離れたコンガサ・ビーチにありました。日系人の人たちで、その後日本に戻ったり働きに行った人たちは沢山いたそうなのですが、その大半は再びブラジルに戻って来たとか。 世代が変わって日本のイメージと現実のギャップのせいでしょうか? それとももうここに生活基盤が完全に移ったからでしょうか? 町でも日本人の人を見掛けますが、日本語も話せるものの夫婦間ではポルトガル語だったり、時間の経過がそうさせるんでしょうね。深く知りたくなる歴史の1ページです。この辺りはサーフィンをする人たちで賑わっていました。お土産のコーヒーとコーヒーを入れる麻袋で作ったバッグ。 日本に帰って飲むのが楽しみ。