Thursday, October 26, 2017

a short trip

フランスから来た友人を案内するのとアメリカVISAの申請の為、東京と京都へぶらり旅。 こういう機会なので、今まで行っていなかったスカイツリーや、ずーっと訪れたかった三鷹のジブリ美術館へも行って来ました。 どこへ行っても中国人だらけで、ジブリもほぼ外国。。。 これはチケット取るのも大変なわけだ。。。
10月に入ったのにまだまだ30度近い気温。。。 久し振りに半年間日本で過ごして、この暑さには疲弊閉口><


かき氷が食べてみたいという事だったので祇園のNITIへ。 30分ほど待っただけで入れました。 天然氷がふわふわ。
友人は京都に留学するので、ド・メジャーな場所以外を散策。
智積院には今まで足を運んだことが無かったのですが、秀吉が夭逝した鶴松の菩提の為に建てた寺院にも由来していて、国宝の長谷川等伯の見事な障壁画が展示してあります。 火災に遭ったり、切り取って売り払われたりした障壁画ですが、修復されて当時の迫力を伝えています。

千利休が好んだという庭。
東山に歩いていく途中にふと立ち寄ったのが豊国廟。
その名の通り秀吉のお墓なのですが、恥ずかしながら秀吉の墓がどこにあるかなんて、今まで考えたこともありませんでした。。。
秀吉が亡くなると、遺言通りにこの山の上に埋葬され、豊国神社が建てられたのですが、その後家康に破壊され、明治の世になるまで300年間も放置されたそうです。

563段の長い長い階段が続きます。
汗かきかきで上まで登るとあるのがこの大きな供養塔。 すべて明治に入って整備されたそうです。
山を下りて高台寺の反対側にある塔頭の圓徳院へ。
ここはねねが秀吉の死後19年を過ごしたお寺。
庭は伏見城にあった庭を移築して、その後小堀遠州が手を加えたもので、ねねの過ごした部屋はこの庭に面した場所だったようです。
ここでは江戸時代に建てられたお茶室でお茶を頂くことが出来ます。 庭の横から雪駄を履いてお茶室まで歩いて、そこから躙り口をくぐって入ります。

形式にもこだわることなく、心落ち着く部屋でお茶を点てて頂いて、静かな時間を過ごすことが出来ました。 ぜひ電話で予約の上行ってみてください。



今年は空海の足跡を訪ねたいと思っていたのですが、初めて高尾の神護寺まで行ってみました。 市内から離れ、緑豊かな山の中に入って行きます。

もともとは和気清麻呂の私寺で、和気清麻呂のお墓もここにあります。
中国から戻った空海は812年からこの寺に入ります。 最澄も真言密教の教えを受けるために比叡山から訪れますが、その後二人は対立してしまいます。
ここには数々の国宝がありますが、ちょうど行った日が年に6日間しか公開されない五大虚空蔵菩薩坐像が公開されていたので拝んで来ました。平安時代初期の作だそうで、大変穏やかな顔の菩薩像でした。
空海が灌頂の為に自ら掘ったという井戸。


山を下りて大徳寺へ。 大徳寺は高桐院しか行ったことがありませんでしたが、今は秋の特別公開が行われていて、ここは黄梅院。
内部の写真が撮れないのですが、大変美しい千利休の作庭した庭があり、現存する一番古い庫裏もあります。 毛利家の墓所もここにあります。
またここはご住職自ら歌を御朱印帳に書かれることでも知られているそうです。
加賀前田家ゆかりの興臨院。
そして時間が無かったので、大徳寺の本坊を駆け足で。
こちらも特別公開中ということで、狩野探幽の法堂の迫力の天井龍、方丈の狩野探幽の障壁画、もともとは聚楽第の門だったという、日光東照宮の陽明門の参考になったという”日暮門”(眺めていると日が暮れてしまうほど美しい門)、秀吉の肖像画なども見られました。
閉門ギリギリに入れたのが総見院。
ここは歴史的にも大変重要なお寺で、信長が本能寺の変で倒れた100日後に、秀吉が大葬礼を行った寺。
お寺に着くと、お茶が振舞われるのですが、これは秀吉がここでお茶会を開いた際にも使用した井戸の水で入れられたもの。 そのお茶の振舞われる本堂に安置してあるのが、廃仏毀釈の際にも避難していて助かった織田信長の坐像。
この坐像、実際に信長にも会ったことのある康清の作で、等身大で衣冠帯刀の姿をしています。(木造からすると身長は167センチくらいだそう) この像を見た秀吉も納得したほど実際の信長に似ているそうです。
像は香木で2体制作され、もう一体は信長の遺体の代わりに荼毘に付されたそうで、その際には京都市中に香木の香りが漂ったそうで、信長亡き後の覇権争いに大きなインパクトを与えたことには間違いないでしょう。
庭に植えられているのが、秀吉がこよなく愛した、千利休から贈られた椿”侘助(わびすけ)”があります。
今でもちゃんと花を咲かせるそうです。
京都を離れる前に祇園の料亭”味ふくしま”さんでお昼。
なんとまぁ・・・ 食事、サービス、雰囲気のどれをとっても最高に素敵なのに、お昼のお値段がめちゃめちゃお得。。。 大変いい時間を過ごすことが出来ました!!

Thursday, October 12, 2017

japan tour

さて、日本公演も残り少なくなりましたが、夏休み終了までは心に一分の余裕もなく、全くブログを更新することも出来なかったので、ここでまとめて書き上げます。
2007年以来10年振りの日本公演。 今年も仙台からのスタート。 新しい種類のスケート靴に変更したことに苦労を強いられることになり、リハーサルの時点から毎日鉛を背負ってリンク通いをしている気分。。。
不安しかないオープニングでしたが、何とかジャンプもねじ込んでツアーがスタート。
仙台公演も終え、気分転換の街歩き。

仙台には数えきれないくらい来ていますが、一度も青葉城へは足を運ぶ機会がありませんでした。 お城の堀にある五色沼が日本のスケートの発祥地だったんですね! ここで全日本も開かれていたんだとか。。。

この日ここに来た一番の目的は、仙台市博物館で開催中の”空海と高野山の至宝”展。
東日本大震災からの復興の祈念しての開催だったようなのですが、高野山の僧侶の方でも一生に何度も見られるものではない至宝の数々が並びました。
写真は掲載できませんが、有名な空海の像、重文の金銅三鈷杵(飛行三鈷杵)これは空海が恵果から贈られた三鈷杵で、帰国の際に東の空に向かって投げたところ、高野山の松に引っかかったため、高野山が真言密教の道場となったもの。 その他空海の書、国宝の諸尊仏龕(空海が中国から持ち帰ったもので、常に枕元に置いていたと言われるもの)、国宝の運慶による八大童子立像、同じく国宝の阿弥陀聖衆来迎図などなど目を見張るものの数々。。 平日とあってそんなに混雑もしていなくて、じっくりとエネルギー吸収。
特別展以外の展示室も入場で来たので、去年昔の大河ドラマ”独眼竜正宗”を見直したこともあって、正宗の展示品も見て来ました。
もともとは若林城の襖だったと言われる、正宗が歌を書いた屏風。

正宗のお墓は一度調査をされていますが、これが副葬品の数々。

鉛筆やブローチなども出土していて、正宗の南蛮好みがわかります。 このブローチは革袋の中から出てきたそうです。


有名な鶺鴒の花押。 大河の中でも、花押に針で穴を開けていたと弁明するシーンはリアルタイムで見た時にもドキドキした覚えが。



実際の重さの兜。 こんなに重いと実用的とは思えない。。。



本丸の跡。
お城の上からは仙台の街が一望できます。



ここは土井晩翠が”荒城の月”の詩の構想をしたということで、歌碑も建てられています。
最近は支店も多くなってきているずんだ茶寮のずんだシェイク。 疲れた時にはピッタリ。
この日はいつか訪ねてみたかった奥州平泉。 仙台からはバスで一本。
都から遠く離れたこの山の中に、桃源郷のごとくの栄華を極めた藤原氏。
これは義経と共に平泉へ逃れた武蔵坊弁慶の塚。

その弁慶の塚から参道に入るのが中尊寺。




ここが中尊寺の本堂。




金色堂は1124年に建立されていて、この覆堂の中にあります。(建物が二重)
金色堂には藤原4代のミイラと、数々の副葬品が納められていますが、1950年に学術調査が行われ、これらの遺骸が意図してミイラになったのか、それとも偶然だったのか、未だに解明されていないとのこと。 金色堂のお堂には副葬品や遺骸を覆っていた布や、泰衡の首桶なども展示してあります。 時代を超えて生々しさが伝わって来ます。

16世紀から昭和38年の改修まで金色堂を守っていた覆堂。 金色堂が出来て間もなくから覆堂はつくられるようになっていたそうです。





前九年の役、後三年の役の古戦場。




頼朝に寝返った泰衡の奇襲に遭い、ここで源義経がその最期を迎えます。 ここの館の前で武蔵坊弁慶が立ったまま矢を受け絶命、義経は自害。
お堂の横に建つ義経の供養塔。
1689年にこの地を訪れた松を芭蕉が詠んだのが
”夏草や 兵共が 夢の跡”
大河ドラマで吉右衛門さんの演じた弁慶が、未だに自分の弁慶像。
東京へ移動。
今年は代々木体育館がオリンピックへ向けての工事中な為、会場は幕張メッセ。 高校2年の時に、父と試合を観に来た懐かしい会場。

一度は足を運んでみたかった永青文庫。 細川家のコレクションの数々が納められていますが、自分が見たかったのは菱田春草。 が、見たかった作品は熊本で展示中とか。。。 残念。 しかし、併設の庭園も含めて、東京とは思えないくらいの静かな空間が広がっています。
夜はタクミの誕生日で青山の有名なバーへ。 夕暮れ時の原宿を眺めつつ。
せっかく幕張に滞在をしていたので、成田山新勝寺へも足を運んでみました。

参道にあるのがこの薬師堂ですが、こちらは元々本堂だったお堂。 現在の本堂からいうとかなりコンパクト。
新勝寺の歴史は平将門の乱まで時代がさかのぼり、あの空海が最澄を弟子にした京都のお寺神護寺から、空海作の不動明王を奉じて来たことに始まるそうです。
戦国期には荒れ寺となり、江戸期に入ったら江戸への出開帳、今でいう歌舞伎とのコラボレーションによって成田参詣が盛んになったそうです。 この辺りはブラタモリで勉強。
ここの参道と言えばうなぎですが、せっかく来たので、ここは奮発していただくことに。
お隣川豊さんは大賑わい過ぎてちょっと入りにくい感じ。そのお隣の菊屋さんはにこやかに迎えてくれていい雰囲気。

スピルバーグやトム・クルーズも来たことがあるんだとか。 ”あぁ。。。うなぎってこんな味だったんだね。。。”と思い出させてくれる味。 身はふわふわでほろほろ。
肝吸いも美味しいし、お腹いっぱい!


初詣の賑わいは明治神宮について2番目。 10年ほど前に完成した立派な総門。




仁王門は江戸末期築の重要文化財。



三重塔も300年前築の重要文化財。 東照宮のようにとってもカラフル。

こちらの釈迦堂も旧本堂。
額堂。


参道にある造り酒屋さん。 生酒なんかも置いてあります!
この日はトヨタの東京本社にごあいさつ。 前回は名古屋の新ビルにあいさつに行ったので、ここに来るのは2001年振り。
TV特番の影響で、お客さんに写真を求められることも多く、いつもと違う緊張感を感じながらの幕張公演でしたが、ここも無事終了。
名古屋です。
怒涛の名古屋公演でしたが、ここも無事に終了。
お休みは全てを忘れて自分の世界に。
ということで、瀬戸と常滑とどちらに行こうかと迷った末に、ここ常滑にやって来ました。
常滑は平安時代から作陶の続く日本六古窯の1つ。 港に面していたということもあり、平安期の常滑焼は奥州平泉でも大量に出土しているそうです。 江戸時代には有名な朱泥の急須の生産が始まって、明治に入るとよく見る土管やタイルの生産も始まります。


大変情緒のある坂道の街並みで、あちこちに昔の土管や焼酎瓶が埋められています。






大きな登り窯も残っています。

今でも薪窯を使っている作家さんもいるようですが、ガスや電気釜も多いようです。
お店の人曰く、どの窯を使っているのが良いということはなく、その作家さんの意図する作風によるという事でした。 でも、薪の方が手間はかかるよね。。

常滑で有名な級はとっても精密に出来ていて、お茶の出方はスムースだし、蓋のズレもほとんどなく、手で作ってあるとは思えないような精密さ。 造形もとっても素敵。
窯の並んだ一帯を抜けて15分ほど歩くと。。

あのトイレやタイルで有名なINAXの工場があって、世界のタイル博物館が併設してあります。 ヨーロッパではタイル収集もしていた自分的にはいつかは訪ねてみたかった場所。
館内にはアズレージョを模した階段。
スペイン、ポルトガルでもよく目にしたクエンカタイル。
リスボンのアズレージョ美術館のような圧倒的な感動はないものの、世界のタイル、陶板の歴史が分かりやすく展示してありました。


INAXの工場。 周辺には伊奈さんの表札も多く、ちょっとテンション上がります。




窯元一つ一つを訪ねるのは不可能ですが、素敵な情熱のある店主さんのいるお店もあって、半日じっくり楽しむことが出来ました。 "morrina"はおススメです。
そして大坂夏の陣。

ここのホテルの眺めはいつも大好き。 カーテンを全開にして眺めていると癒されます。
京都の祇園は歌舞練場で開催されている”フォーエバー現在美術館コレクション:草間彌生”へ足を運んでみました。

草間彌生さんの独創性には昔のNYのにおいがプンプンしますが、結局のところマーケティングチームが上手なんだろうねぇ。。。
歌舞練場はお庭もあって、とても静かで気持ちのいいところ。



カフェも併設されていて、お庭を眺めながらお茶が出来ます。 水玉デザートまで。。

お隣の建仁寺へ。


枯山水を眺めるのもいいですが、この日はとても暑くて座っていられない。。。













先日ブラタモリでも紹介されていた、現世と極楽の境目”六道の辻”にある”六堂珍皇寺”へ。
この奥にあるのが小野篁が冥界へ通ったと言われる井戸。 戻って来たのは別の場所にある井戸で、別の場所にあったそうです。

うだるような暑さでも、鴨川沿いは涼しげ。
着物の古着屋さんに寄ってから兄の家へ。 すぐに帰るつもりが長居をしてしまいました。

大阪公演の中ごろにあるのが、城ホールの上で行われるBBQ。 今年は夏らしく浴衣で参加。
終わりが無いんじゃないかと思うほど長かった名古屋と大阪での公演も終了。 徐々に重しが軽くなりつつあります。
休みはフランス人が神戸牛を食べたいという事だったので、ポートアイランドの桜井さんへ。 食事も食べきれないほど出して頂き、大変お世話になりました。

ここは著名な人たちも沢山集まるレストランですが、大学の時にポートアイランドであった全日本の時に来たのがこことのご縁の始まりでした。 その時話していたのが”いつかはここの壁にサインが出来るくらい活躍出来るようになりたいね”という事だったのですが、ついに桜井さんからマジックペンを渡されました!

どこにでも好きなように書いてくれたらいいという事だったのですが、あとで見たら”ゆず”二人の上でした。
桜井さん、感謝です。
そして場所は横浜へ。
横浜でも知り合いや友達が多く来てくれたり、あと会場の帰りなどに声を掛けられ、一度は自分を見つけた女の子が泣き出したり。。。 TV番組を見てきてくれている人達がどれだけ多いのか驚きます。 どれだけショーの回数が多くても、毎回毎回心を込めて滑らないと。。と言い聞かせる毎日。
怒涛の夏休み最後の公演先、博多。
ついにここまで辿り着きました。

中洲でみんなでラーメンとおでん。 汗だくでした。


以前TVでやっていて、今度博多に来たら食べたいと思っていた鳥かわのお店。 なかなか予約の取れないお店に2か月前から予約を入れてくれて、美味しく頂いてきました。 仕込みに数日を要するそうで、ここならではの味でした。
博多での公演も無事に終了。
何とか夏を乗り切り、この日は車を借りて1日一人旅を決行。
一路武雄温泉へ。 以前嬉野には行ったので、今回はそのお隣の武雄。
どこのお風呂に行こうかと考えたのですが、ここには領主武雄鍋島氏が江戸中期に造った、大理石の専用風呂があって、シーボルトもここに入ったことがあるんだとか。
そんなお風呂は貸切風呂として今も利用することが出来るんです。 と言うことで、今回はお殿様になってみることにしました。
まず案内されるのはこのお座敷。。
この廊下を通って階段を降りると。。
ここのお風呂に繋がっています。
まる1時間、これ全て自分だけの空間。
結構お湯が熱いので、お水を混ぜ混ぜ殿様気分を十分に味わいました。
とても贅沢な時間を過ごして、身も心もリフレッシュ。
ここの建物は大正3年の完成で、竜宮城を模して作った建物が並んでいるのですが、今は使われていない浴場も残されていたり、当時の賑わっていた時代の名残を感じることが出来ます。

前回は有田の街へ足を延ばしたので、この度は波佐見焼の産地、有田のお隣の波佐見へ。

有名どころのメーカーさんを訪ねつつ、窯元さんの並ぶ中尾山へ。
秀吉が朝鮮を攻めた際に連れ帰った陶工が窯を築いたのが始まりで、その後17世紀になると、この地に巨大な登り窯がつくられ、現在でも世界で1番と2番の長さの窯の跡が残されています。
こちらの交流館では地域の陶工さんの作品が並んでいたり、その歴史などにも触れることが出来ます。
この山間の集落が中尾山


有名な、江戸時代に普及した”くらわんか碗”(船の上でも使われていたので高台がしっかりとして安定しています)や”コンプラ瓶”(オランダへ輸出される酒や醤油を入れた容器)。
右奥に山肌が見えているのが三股陶石場で、かつてここでいい陶石が採れたことで、波佐見が陶磁器の街として発展しました。 現在では天草の陶石を使っているそうなのですが、今でも数は少ないものの、地元の素材にこだわる作家さんがここの石を使っているそうです。

街中に乾燥中のうつわが並んでいました。
最近はデザイナーさんとコラボレーションしたり、時代に合わせたオシャレ路線へも進んでいっている波佐見焼ですが、ここ中尾山の、手作りの良さの溢る歴史を受け継いだ作品が個人的には好きだったかな。

博多を離れる前に食べておきたかったのがここのうどん。 博多の街中にはお店が無くて、車がある時しか来れないのですが、このコシの全くない、エンドレスで延び続けるうどん。。 ど~もクセになる味なんです。 いっしょに運ばれてくる汁を足し足し食べると、食べ終わるころにはお腹がいっぱい。

もう一日の福岡のお休みには、未だに足を運んだことのなかった太宰府へ。
この日も暑い一日。
太宰府と言えば梅ヶ枝餅。

どこのお店がいいのかよくわからず、座って庭を眺めつつ頂けそうで入ったのが”寺田屋”さん。 参拝前にクールダウン。

ここのお神酒は境内の梅林に実った梅を使った梅酒。 お土産でも買って帰れます。 手作り風な味美味しかったです。
本殿向かって右手にあるのが樹齢1000年を超える”飛梅”。 道真が京都の屋敷内に植えてある梅の木を惜しんだところ、この地まで飛んできたのだとか。。。 仔細は不明であるにしても、道真の時代から生えているご神木。

9月第一週は静岡の袋井での公演ですが、宿泊先は深蒸し茶で有名な掛川の駅前。
徒歩圏内にあるのがこの、初めて木造で復元されたお城”掛川城”。
この丘の上まで上がって来るのに汗だくになりましたが、天守の上まで上がるととってもいい風が吹き抜けていました。
掛川の市外。 空気のきれいな日には富士山まで見えるんだとか。





静岡おでん。 濃い色のお汁に浸かっていて、鰹節をたっぷりかけていただくおでん。
掛川では有名らしい駄菓子屋さんにて。
初めての福井公演。
宿泊先の鯖江に来たのはちょうど一年前。 まさか今年戻ってくることになるとは思ってもいませんでしたが、せっかくだったので去年は作らなかった眼鏡を新調しました。
鯖江は国産の眼鏡シェア9割のを占める、しっかりとブランディングをされた町ですが、ここでは生産はしているものの、小売りをしているお店は少ないんです。 そこで卸と小売りをされているお店があったので訪ねてみました。
もともと繊維業が盛んだったそうなのですが、そこが火災に遭い、その時にその家が大阪で眼鏡屋さんをしていたということで、家内産業の出来る眼鏡作りをこの地で始めることにしたそうです。
育った技術もなかなかだそうで、この眼鏡でも250ほどの工程を経て出来上がるそうで、レンズも鯖江産のものを入れてくれ、100%メイド・イン・サバエの眼鏡の完成。
この景色、また人情と男気を通した傷心の寅さんの財布に、そっとお札をねじ込んで送り出すさくら。
アマゾンプライムで寅さんシリーズを制覇してしまったので、ここは聖地巡礼。



とっても人間くさく、馬鹿正直に生きる人たちが滑稽であり、羨ましくもあり、昔の日本の風景も懐かしい映画ですが、この駅に降り立つと、自分も映画の中に入り込んだようです。


初期の映画の撮影に使われていたのが、その名も”とらや”さん。
いやぁ。。。 この草団子、食べてみたかった!
固めの餡が美味しい!!
店内は改装されているそうなのですが、この寅さんが二階に上がる階段は残してあります。
今にも御前様と源ちゃんが歩いて出て来そう。





沢山の物語のあるここ江戸川の堤。すぐ下が矢切の渡し。
ご近所にあるのが寅さんミュージアム。
実際に使用されていた映画のセットがあって、かなりテンションが上がります。



参道のとらやさんの向かいくらいにあるのが高木屋さん。 ここが物語のモデルになったお店だそうで、映画の撮影の時にはここが控室になっていたそうです。

ここは餡も団子もやわらかめ。
持ち帰りの箱の包装紙も映画で出てくるものと似ています。

日本ツアーも最終地広島。 沢山の知人も観に来ていたので、最後の最後まで気を張り詰めたままでした。
この夏を乗り切って、最後にはさぞかし達成感があるものだろうと思っていましたが、なにか重~いものを背負って、”ふ~っ”っと一息ついただけでした。
地元に戻って、大阪のオープニング前に脱臼した肩のMRIを撮ったら、肩の前にある腱が剥がれてしまっていました。。 緊急に手術が必要なわけではないので、とりあえず痛みがなくなるまでは無理しないようにしようと思います。
11月の中国まではお休みです。